大判例

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名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)102号 判決

控訴人

田中田鶴

右訴訟代理人

井野口有市

島武男

大宅美代子

被控訴人(選定当事者)

杉坂卓三

右訴訟代理人

横井孚一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決書八枚目表一行目から同五行目までの理由記載を引用する。

二控訴人の抗弁について判断する。

(一)  控訴人は、昭和三一年一月ころ、亡くには本件土地を大森きぬに贈与し、控訴人は大森きぬより本件土地の贈与を受けたものである旨主張するので検討するに、〈証拠〉によると、本件(1)(2)の土地はもと津市上浜町六丁目一〇番一山林六七九六平方メートルの土地(以下「分筆前の一〇番一の土地」という。)の一部に、本件(4)(5)の土地はもと同所一三番一山林四九五八平方メートル(以下「分筆前の一三番一の土地」という。)の一部に属していたが、控訴人は右分筆前の一〇番一、一三番一の各土地、本件(3)のほか津市上浜町六丁目七番二、同所八番、同所九番二、同所九番四、同所一三番二(以下地番のみで表示する。)所在の各土地並びに同所一二番地上所在の建物に対する所有権を主張し、妹にあたる大森千枝を被告として津地方裁判所に対し妨害排除請求の訴えを提起し、これに対し大森千枝は右分筆前の一〇番一、一三番一の各土地及び本件(3)の土地についてなされた控訴人名義の所有権移転登記の抹消登記を求める反訴を提起して争い、右訴訟は同裁判所昭和四四年(ワ)第九七号妨害排除等本訴請求、昭和四六年(ワ)第二二号反訴請求事件として係属し、本訴原告である控訴人勝訴の判決に対し、反訴原告大森千枝は名古屋高等裁判所に控訴し、同裁判所昭和四九年(ネ)第九六号妨害排除等本訴請求及び所有権移転登記抹消登記手続反訴請求各控訴事件として係属したが、右訴訟(以下「別件訴訟」という。)において、右訴訟の本訴原告である控訴人は、第一、二審を通じ所有権取得の経緯について、亡くにから昭和三二年二月一日分筆前の一〇番一の土地及び本件(3)の土地の、同年八月二〇日分筆前の一三番一の土地の各贈与を受けてその所有権を取得した旨、別途大森きぬから贈与を受けたと主張する七番二、八番、九番二の各土地とは明確に区別して主張していたにもかかわらず、本訴において前示のとおり主張を変更するにいたつた事由については、首肯するに足りる合理的な根拠に欠け、控訴人の主張にそう〈証拠〉はたやすく措信することができないし、〈証拠〉によつてはいまだ控訴人の主張の事実を肯認するに足りないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。

かえつて、〈証拠〉を総合すると、亡くには、その存命中の昭和二七年七月三一日神戸地方法務局所属公証人山田寛に遺言公正証書(以下「本件公正証書」という。)の作成を嘱託し、その所有に属する津市上浜町六丁目一三番畑6056.19平方メートル(六反一畝三歩。右土地はその後前示分筆前の一三番一及び一三番二に分筆され、右分筆前の一三番一の土地が本件(4)(5)の土地に分筆されたものである。以下「一三番の土地」という。)同所一〇番山林3028.09平方メートル(三反一六歩。右土地はその後前示分筆前の一〇番一、一〇番の四ないし五に分筆され、右分筆前の一〇番一が本件(1)(2)の土地に分筆されたものである。以下「一〇番の土地」という。)本件(3)の土地のほか同市羽所町一七一番宅地121.58平方メートル(三六坪七合八勺)、同所同番家屋番号一二三番木造瓦葺二階建居宅一棟及びその附属建物を、いずれも亡くにの孫にあたる控訴人及び浅野千枝(後に大森千枝に復氏。以下「大森千枝」という。)の両名に平等割合で遺贈すること等を内容とする遺言をなしたが、昭和三一年一月三〇日ころ、当時大森千枝の夫であつた浅野重男(昭和四四年七月三日死亡)において、その経営の衝にあたつていた大森木材株式会社の負債の返済その他営業資金に充てるため、亡くにに秘し、前示遺贈の目的物件である一三番の土地を担保に提供して金員を借り受けたほか、山林の立木の一部を伐採して売却する等したため、亡くには家屋の散逸することを虞れ、同人の長男大森繁男(昭和一六年一月二二日死亡)の妻であり、かつ控訴人と大森千枝の母にあたる大森きぬ及び控訴人と相談の結果、亡くにから控訴人に対する贈与を仮装し、一時前示遺贈の目的物件の一部にあたる分筆前の一〇番一、分筆前の一三番一の土地及び本件(3)の土地を、大森きぬ所有の津市上浜町六丁目七番二雑種地六九〇平方メートル、同所八番132.76平方メートル、同所九番二雑種地一六八平方メートルの各土地とともに控訴人名義に所有権移転登記手続を経由することを計画し、亡くには控訴人と通謀のうえ、分筆前の一〇番一及び本件(3)の土地につき昭和三二年二月一日贈与を原因として同年四月六日付をもつて、分筆前の一三番一の土地につき同年八月二〇日贈与を原因として昭和三三年三月三日付をもつてそれぞれ控訴人名義の各所有権移転登記を了したものであることが認められ、右の認定に反する〈証拠〉はたやすく措信することができないし、〈証拠〉も、後日一三番の土地を担保に供した日時に一致させて虚偽の内容の書面を作出したものと考える余地があり、〈証拠〉も右の認定を左右するに足りないし、他に右の認定を覆えすに足る証拠はない。

右によると、本件土地につき亡くにから大森きぬに贈与を原因とする所有権の移転のあつたことを前提とする控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

(二)  控訴人は、前示本件公正証書遺言により本件土地は控訴人及び大森千枝の共有に帰属した旨主張する。

よつて検討するに、亡くにがその存命中の昭和二七年七月三一日神戸地方法務局所属公証人山田寛に本件公正証書の作成を嘱託し、当時その所有に属していた一三番の土地、一〇番の土地、本件(3)の土地のほか同市羽所町所在の宅地建物を控訴人及び大森千枝の両名に平等割合で遺贈する旨の遺言をなしたこと、本件(1)(2)の土地は、右一〇番の土地から分筆された分筆前の一〇番一の土地の一部にあたり、本件(4)(5)の土地は、右一三番の土地から分筆された分筆前の一三番一の土地の一部にあたることは前判示のとおりであるところ、亡くには右公正証書の作成後の昭和三二年二月一日本件(1)(2)(3)の土地を、ついで同年八月二〇日本件(4)(5)の土地を順次控訴人に贈与したが、右贈与が通謀による虚偽表示により無効であることは当事者間に争いがない。

ところで、遺言に抵触する生前処分が虚偽表示として無効の場合における遺言の効力についてみるに、民法一〇二三条の法意は遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないが、他面において、遺言の取消しは相続人、受遺者、遺言執行者などの法律上の地位に重大な影響を及ぼすものであることにかんがみれば、遺言と生前処分が抵触するかどうかは慎重に決せられるべきで、単に、生前処分によつて遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によつて確定的に法律効果が生じていることを要するものと解するのが相当であり、遺言後に遺言者がした生前処分がその内容において遺言に抵触するものであつても、それが無効であり、または詐欺もしくは強迫を理由として有効に取消されたときは、その生前処分ははじめから法律行為としての本来の効力を生ぜず、または生じなかつたことになるのであるから、その生前処分は遺言に抵触したものということはできない(民法一〇二五条ただし書き参照)(最高裁判所昭和四〇年(オ)第七〇六号昭和四三年一二月二四日判決・最高裁判所民事判例集二二巻一三号三二七〇頁以下、とくに三二七二頁参照)と解すべく、この理は遺言に抵触する法律行為たる贈与が当事者間の通謀による虚偽表示として無効である場合にも同様と解され、亡くに所有の財産の散逸を防止するため虚偽表示に基づく贈与を仮装し、これを原因として分筆前の一〇番一、一三番一、(3)の土地につき、控訴人名義の所有権移転登記手続を了していることは前判示のとおりであるが、亡くににおいて右登記の申請手続に協力したとしても右登記は単に控訴人が本件土地の所有者であるかのような外形を作出したに止まり、亡くにの真意に基づくものでないことにかわりがないのであるから、民法一〇二三条二項にいう遺言に抵触する生前処分その他の法律行為が存したということはできず、したがつて遺言は取り消されたものとみなすことはできないというべきである。

そうすると、前示贈与行為にかかわらず本件土地は依然として亡くにの所有に属していたものというべきであるから、他に遺言がその効力を有しないことについて何らの主張も立証もない本件においては昭和三五年一月一七日亡くにの死亡により右遺言は効力を生じ、本件土地は控訴人と大森千枝両名の共有に帰属したものというべきである。

なお、〈証拠〉によると、前示控訴人と大森千枝との間の別件訴訟については、控訴審である名古屋高等裁判所において昭和五一年四月二六日分筆前の一〇番一、一三番一の各土地について「津地方法務局昭和三二年四月六日受付第二一〇二号をもつてなされた被控訴人(本件訴訟控訴人)名義の所有権移転登記につき、真正な登記名義の回復を原因として控訴人(大森千枝)の持分九分の一とする所有権移転登記手続をせよ。」との判決が、本件(3)の土地について「津地方法務局昭和三三年三月三日受付第一一九五号をもつてなされた被控訴人(本件訴訟控訴人)名義の所有権移転登記につき、真正な登記名義の回復を原因として控訴人(大森千枝)の持分九分の一とする所有権移転登記手続をせよ。」との判決があり、右控訴審判決に対し、右別件訴訟の被控訴人(本件訴訟控訴人)から上告の申立があり、右上告事件につき最高裁判所において昭和五一年一二月二日上告棄却の判決があつて控訴審判決が確定したことにより、本件(1)、(2)の土地については昭和五二年七月二九日、本件(3)ないし(5)の土地については同年三月一五日それぞれ前示控訴審判決にそう共有者大森千枝名義の登記がなされたこと、右訴訟における前示判決は本件訴訟の控訴人、選定者杉坂卓三、同杉坂健、その余の選定者の被相続人杉坂源一を含む共同相続人一〇名において遺産相続したことについて訴訟当事者間に争いがなく、亡くにの遺言に基づく控訴人及び大森千枝両名に対する遺贈について何ら主張の提出がなかつたため、本件土地は右相続人一〇名の各法定相続分に応じた持分による共有に帰属したものと判断された結果前示の判決がなされるにいたつたものであつて、右別件訴訟の判決主文及びその理由に示された判断は、これと当事者及び訴訟物を異にする控訴人と選定者らとの間の本件訴訟につき既判力及びこれに類する効力を及ぼすものでない。したがつて、控訴人のこの点に対する抗弁は理由がある。

三そうすると、亡くにの死亡により本件土地は受遺者である訴外大森千枝と控訴人の共有に属することとなり、選定者らは、本件上地につき何らの相続による持分権を取得するものではないから、控訴人の抗弁はその理由があり、右の者らにおいて登記の更正をなすは格別、控訴人に対し、選定者らの持分に応じた所有権移転登記手続を求める被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきである。

四よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴の当事者である被控訴人に負担させることとして主文のように判決する。

(舘忠彦 名越昭彦 木原幹郎)

選定者目録(杉坂冨士子ほか七名)〈省略〉

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